「気を入れてってくれ」

 

帰り際、毎日やっていたことを忘れそうになった日

兄は、そう言ってぼくの背中を止めた。

 

高校時代、ぼくが空手の道場へ通い始めた頃

兄は、弟を自慢気に応援してくれた。

猿江公園に野球のバットを持って行き、下段回し蹴りでバットを折った日も、車でお台場の公園まで行き、型を披露する弟の写真を撮ってくれた日も、兄の方が率先していた。

 

仕事も同じ音楽業界だったので持ちつ持たれつだった。

とは言え、殆どが兄の繋がりで仕事ができていたのはぼくの方だ。

 

日に日に兄の身体は痩せて行く。

昨日までできたことが今日にはできなくなっている。

1ヶ月前まであんなに元気だったのに、、、、

毎日の様に会っていても感じるほどの身体の変化は癌が進行していることを表していた。

兄の前では絶対に涙を見せないと心に誓った。

 

肋骨が突起し皮と筋の痩せた背中に手を充て、目を閉じながらひたすら神に祈りながらぼくの見えないエネルギーを兄に送り込む。

「少し楽になったよ、ありがとう」

兄は「気」を感じてくれた。

 

そうなんだ、ぼくらは血が繋がった兄弟だから当然だ。

兄の悪い血を入れ替え自分の健康な血を分けてあげたい。

もっと早くから何かできたのかもしれない、、、そう思うと悔しさしか残らない。

 

小さい頃から弟を守ってくれた兄をぼくは守ってあげられなかった。