06日 4月 2021
昔の実家は 玄関の引戸を開けると 自転車一台が入る程の土間から すぐ居間になっていた プッシュホンなどなかったので 友達は引戸を少しだけ開けて 「工藤くん!(本名)」と 遊びに来るのも普通のことだった 引戸を開けると すぐ居間なので 時間によっては 居間でTVを観ながら 家族全員が一斉に 友達の方を向く 威圧的な作りでもある 食事をしてようが...
25日 3月 2021
卒業式を終えた小学生たちが校門から花を片手に親たちと出てくる。近所の小学校の他人の卒業式の光景を見るだけで何だか目頭が熱くなる。 筋力の衰えと共に涙腺も歳を重ねると緩くなる一方だ。...
15日 3月 2021
ポンタさんと初めてお会いしたのは、以前も書いたけど斎藤ノヴさん率いるノブケインのアルバム「Ignition 」のレコーディングで河口湖スタジオに足を運んだ時。 当時ルノー4GTLを乗っていたぼくの車を見て「外の車いいねー!君のだと思ったよ」と気さくに話かけてくれた。...
27日 12月 2020
12月28日は兄の誕生日。今年で60回目を迎えるはずだった。子どもの頃から家族で誕生日を祝う儀式はそれほど盛んではなかったが今も唯一記憶に新しいのは兄が初めてアルバイトをして貯めたお金で、自分の誕生日にレコードをプレゼントしてくれた事だ。1981年に発売されたGeorge Bensonの2枚組のベスト・アルバム「The George Benson Collection...
28日 11月 2020
スタジオに入る事は バンドを始めた中学生の頃からの 夢だった 密室の中で アイディアを出し合い 録音した音を 大きなスピーカーで 大音量で再生する 小さい頃 日曜日の朝と 夜中のイヤホンでしか 音楽を存分に 聴く環境はなかった マーシャルのアンプを 何十台も重ねて 流れてくる海外の ロックには憧れた 自分たちの演奏した音を スタジオで聴くことは...
30日 9月 2020
 80年代のディスコ全盛の時代からお世話になっていたものの、直接出会って近いお付き合いができたのが1992年以来、出来上がった12inchやCDは、いつも東京から送らせてもらった。  博多天神にあるclub Lab-Z REMIX。  その箱を経営するDJの池田聡司さんはMCにのせて曲紹介を格好良く決めてくれる。...
04日 9月 2020
東京に土がない 都会に土や緑がもっとあれば... 少しでも空き地があれば コンビニか駐車場になる 僕らが子供の時代は 空き地がたくさん あったものだ。 辺り一面コンクリートと高層マンション群。 街路樹は伐採。 木陰ができるまでには あと十数年先だろう。 近所の風情ある庭の木々が 伸び放題となっていた為 台風で危ないなどと 無理矢理な大義名分で...
13日 8月 2020
35年前の8/12、 不思議な体験をしたことを 日航ジャンボ機墜落事故に 結びつけるのは科学的な根拠がない為、 不謹慎かもしれない。 でも、 その体験があったことで 毎年あの悲しい事故を思い出し、 空へ手を合わせる。 その日、 ぼくは山梨と長野の県境辺りを 彼女と登山していた。 日航123便は18:12に離陸し 18:56に墜落してしまったから、 登山をしていた15時〜16時頃に...
28日 7月 2020
兄が亡くなりもうすぐ半年になる。 不思議なもので 日が経つにつれ 寂しさが側に近づくようだ 他界を期に コロナウィルスにより 生活のスタイルが一変 まるで時代も住んでいる場所も 変わったかの印象すら覚える。 死を覚悟しながらも 最後まで生きようとしていた兄 自分だとしたらあれほど 強くなれない気がする 父にそっくりだった兄...
07日 5月 2020
新型コロナウィルス 地震や台風の災害は どこかで覚悟していても、 パンデミックの脅威に 生活が晒されてるとは想像していなかった。 まるで20年前の映画の世界が現実になったようだ。 心のどこかで何とかなるだろうと 楽観視を試みるものの、 長期的に日々の生活と結びつけると そうも言ってられないのかもしれない。 今宵は月が物凄く綺麗に映る。...

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