力を与えてくれた出会い

人生で2回
音楽を続ける勇気と自信を与えてくれた
出会いがある。

それ以前に
兄の存在は欠かす事はできないが(後述)

1つ目は35年前
アフリカの飢餓を救うために
アイルランドの音楽家であり
活動家のボブ・ゲルドフが発起人となり
アメリカのミュージシャンが
クインシー・ジョーンズの
プロデュースで集結し
レコーディングした
誰もが知っている
We Are The World / USA for Africa
のプロセスと音を聴いた瞬間。

音楽で人の心も行動も
国境を越えて変えられる。

この衝撃は
学生だった自分を
音楽の道に進む事へ
導き決意を後押しした。

もう1つは
プロの端くれになってからと言うもの
1996年
兄の紹介で出会った
斉藤ノブさんのバンド
ノブケイン
フィーチュアリング・ラッパーとして
アルバムのレコーディングに
参加させてもらった経験だ。

河口湖スタジオに呼ばれ
バンドのメンバーが待っていてくれ
到着するや否や
ノブさんから
「どうする?すぐやる?
それとも今日泊まってから明日やる?」

学生の頃
夢に見たような理想的な
プロのレコーディング風景だった。

「すぐにやらせて下さい!」
二つ返事で「音聴かせてもらっていいですか?」
「音なんかないよ、今からやるんだから」

ラップのパートをダビングだと思っていた
自分が恥ずかしかったと同時に
こんな一流の人たちと生で歌える喜びで
胸が踊った。

録音が始まると
ベッドフォンから聞こえて来る生音に
身体中に稲妻が走る感動だ。

この経験がその後の
自分の音楽人生に勇気と自信を与えてくれた
大きな出来事となることは
疑いなかった。



思えば子どもの頃から
自分はいつも兄の背中を追いかけていた。

3歳年上の兄は音楽業界へ
プロデューサー業として
活動し成功していた。

兄の関わる多くの人や作品との出会いを
導いてくれたかけがえの無い存在だった。

どんな人も仕事も
繋がりを辿って行けば
必ず親に起源が行き着く。

自分の場合、
音楽の繋がりはほぼ
兄に共通して繋がっていた。

いつか、迷いのある頃
そんな自分が嫌で
兄と喧嘩になった事もあったが
今は、もう一度兄と一緒に
仕事がしたくても
もう叶わない。

兄が自分に残してくれた心を
これからの自分の作品に
込めて行く事で
この世を去った兄へ
恩返しがしたい。