落し物

時間を忘れ
綺麗な花々の咲いた暖かい草原で
今まで味わったことのない幸せを感じながら
手を繋いで走っていたら
突然彼女は手を放し
その反動で俺は断崖絶壁から
冷たくゴツゴツとした岩場へ
頭から転げ落ちた。

彼女には悪気はなく
落し物を拾おうとした瞬間だった。

彼女は俺が何処に消えたのかわかっていない。

俺は気絶したままである。

彼女の落し物が何だったのか
俺には全くわからない。

俺は身体中が動かなくなってしまったようだ。
そこから彼女の姿は見えないし
彼女からも俺が何処にいるか全く見えない。
叫ぼうにも声も全く出ない。

凍えそうなくらい寒い。

星空と波音だけは感じるが
他は真っ暗で何も見えない。
俺はずっとそこから動けず
ただ時が過ぎて行く。

きっとこのまま誰も助けに来ないだろうことを予測した。


朝になり
目を覚ましたら俺は家の玄関で倒れていた。
どうやら酒に飲まれ靴を履いたまま
寝てしまったようだ。
全てが夢だったのだ。
良かったと思い、
安堵の溜息と同時に
俺は立ち上がろうとしたが
身体の痛みだけは何故か残っている。
日付を見たら
1年と11ヶ月も経っていた。

そして落し物は
俺の足元に落ちていた。